2016年2月18日木曜日

今日の新聞から明日の日本を考える

主要紙を全て購読する偉い先生方とは違って、わが家には日経しか来ない。

その日経も実は妻の愛読紙で、私は普段ざっと目を通す程度だが、今日の紙面には興味を引く見出しが満載で、珍しく真面目に読み込んだ。

「中国、実効支配へ強硬 南シナ海西沙にミサイル配備」
「対話外交手詰まり 修正迫られる米大統領」
以上、一面ではなく三面にあるのがなんとも言えない。

そして国際面に「すれ違う米・ASEAN」。

幕末以来の国難は勿論我国の望んだものではなく、その後日本は次々に降りかかる外敵の脅威を懸命に払い除けながら、知恵を絞り、歯を食いしばり、脂汗を流し、夜も寝られずにやっとの思いで生き延びて独立を守ってきたが、ついにはアメリカの挑発に誘い込まれて無理な戦争を始め、結果、完膚なきまでに叩きのめされた。

戦後は辱められ、封じ込められながら、ひたすらアメリカ様に精一杯の恭順を示しつつ、持ち前の勤勉と我慢強さで、経済においては一等国の地位に帰り咲くことができた。

その後ソ連が崩壊し米ソ冷戦は終わったが、共産中国が初めは静かにやがて喧しく台頭し、最近はついにアメリカと共同して世界を分担統治しようとまで宣い出すに至った。

かたや親方アメリカは、徐々に国力を弱め、財政の限界と内政の不安定もあって、もうかつてのごとき世界の警察官ヅラはとても続けられないとの自覚に傾きつつある。

今日の新聞記事を読み解けば、表向きアメリカは、日本を含むアジアの同盟国に対し頼もしい用心棒役を続けるふりを装いながら、しかし一方で、思い切った手が打てない苦悩をちらつかせて、少しづつ少しづつ同盟国のあきらめと自立を促しているように見える。

この見立てが当たっているなら、今のオバマの対中姿勢は、ついこの間のB52の飛行やその前の駆逐艦の巡航も含め、ただのアリバイ作りと時間稼ぎということになる。

米中間で密約が存在するかどうか私ごとき庶民が知る由もないが、両国が少なくとも暗黙の合意を予定してメクバセを交わしながら芝居を打っている可能性が極めて高い、と私には見える。

偵察衛星は日に何度か南シナ海の上を通っているわけで、どんなに作業を急いでも地対空ミサイル配備の様子は何日も前から観察されていたに違いない。出来ちゃってから騒ぐこと自体、断固阻止の意思が無かったことの何よりの証拠である。そしてそのアメリカの本音は、自動的に中国に理解される。

核保有国同士の米中が全面戦争を避けるのは当たり前で、したたかに着々と覇権を目指す中国と、図らずもジリジリと後退を余儀なくされるアメリカとの間で、アジアにおける疑似冷戦(実は共同管理)が演じられても何の不思議もない。

いや、アメリカが日本を差し置いて中国を共同管理パートナーに選ぶはずがないと信じる日本人は多いだろうが、アメリカにしてみれば、いまだに軍隊禁止の憲法を直さないばかりか、万国に自然権として認められる集団的自衛権をすら限定的にしか行使できないトンデモ国家を、冷厳苛酷な国際政治戦の共同パートナーなどによもや選ぼうはずがない。

日本人には大いに心外だろうが、アメリカにとって、日本に対する友情(そんなものがあればの話だが)など、自国の安全の前では藁一筋の重みもないのは自明だ。いや、多くのアメリカ人は、実は昔から日本よりも中国に対する尊敬ないし憧憬の念のほうが強い。

ついでに言えば、戦後アメリカの対日政策は、口先では最重要同盟国としながら、裏ではいわゆる「二重封じ込め戦略」と「米中共同封じ込め戦略」を相次いで適用してきた。後者は私も最近知った驚くべき事実だ。

国際政治アナリストの伊藤貫によれば、米中の対日共同封じ込め戦略は、1972年2月のニクソン訪中時に正式合意された。National Security Archiveの公開する米政府の外交資料に載っているそうだ。

などと論じると、国内の反日工作勢力や空想的平和主義者たちは、そんな頼りない日米同盟ならばそもそも必要ないではないかなどと嬉々として叫び出すかもしれない。

それは、「十分でないものは必要でない」という非論理的で幼児的な議論だ。一般論としても、自国の安全を同盟だけに頼ることは不十分だが、それは同盟不要を当然に結論づけるわけではない。

日本の現状を見れば、日米同盟なしに中国の軍事脅威に対する安全保証が覚束ないのは明らかである。逆に、日米同盟があれば、100パーセントの保証はなくても、相当の抑止効果は期待できる。

そもそもこの間までの日本のように集団的自衛権の行使を否定している国が軍事同盟を結ぶこと自体意味をなさない。だから、日米同盟を実質的に成り立たせるために先の安保法制は最低限の必要条件であった。

さらに、憲法九条の制約を除いて世間並みの軍事力を持つことができれば、抑止力はさらに向上する。

一方、軍事同盟も否定し、現在の不完全な軍事力(自衛隊)をそのままにしておけば、中国の拡張主義を促進することとなろう。

くどくど確認することも憚られるほどの簡単明瞭な理屈だ。

阿部さんと保守勢力の有志は、憲法改正の早期実現への努力をいよいよ声高に宣言し出したが、先般の安保法制論争時、野党やマスコミ各社、一部学者、「有識者」や、その他有象無象の反対キャンペーンのバカ騒ぎぶりを見ると、改正実現にはまだ相当の時間がかかるだろう。

こんな不吉な予想はしたくないが、尖閣が取られ、さらに沖縄の領有権が脅かされるに及んで漸く国論は憲法改正になびくのではなかろうか。

アメリカは勿論、阿部さんすら腹のうちではそれを想定済なのではなかろうか。逆に、そのくらいの現実的洞察を持っていなければ宰相失格かも知れない。

さて中国の南シナ海ミサイル配備という重大ニュースを押しのけて、きょうの日経一面に取り上げられた面白い記事がある。

「USJ、沖縄進出撤回検討」だ。「採算見込めず」が理由とされるが、果たして本当か。

USJは、昨年秋にコムキャストが買収した。さすがにアメリカのメディア大手だ。間近に迫る沖縄およびその周辺の政治的および軍事的リスクの影響を懸念し始めても不思議はない。記事はそんなことに毛ほども触れていないが。

アメリカは漸次撤退する。中国は漸次拡張する。互いに戦争を望まないとすれば、両者はどこかで勢力の均衡を求め当面の折り合いを付ける。そしてその均衡点も永遠のものではない。このままの日本では、両大国のその枠組みの中で小突きまわされるしかない。例によって何らかの代理戦争が仕掛けられてもおかしくない。場合によっては中国の属国化を余儀なくされるかも知れない。と知るべきである。

幕末期の重大危機の再来である。大袈裟ではない。

されば日本の進むべき道は、まず日米安保の確保。次に九条改正と軍備増強。同時にASEAN、インド、豪州との同盟の確立。ロシアとの関係強化。さらには、英仏型核武装「Minimum Deterrence」を含む自主防衛体制の検討だろう。

大きな攪乱要因は中国共産党政権の瓦解の可能性であるが、これは今のところ見切ることが出来ないし、仮にこれが現実となった場合、日本の安全保障上のリスクがどの程度減るのか増えるのか、今の私には見当が付かない。