2013年6月16日日曜日

X夫人の午後

X夫人の午後
        碧海

炎天路を焼く
夫人乗りて冷風に吹かれ楼に赴く
至りて及ち跨り漕ぐこと万遍 
一ミリも進まず 是汗を強いるを専らとす
後 熱浴するは残汗を搾るに有り
渇けば則ち貪る 麦酒の酒に非ざるを
帰路再び乗る
路樹残炎に苦しむも 夫人終に汗無し
還りて厨に立つ 
忽ち洩るるは其れ嘆息かおくびか

2013年5月13日月曜日

黒澤+三船にゃ誰もかないっこねえ

一昨日テレビで森田芳光監督の「椿三十郎」を見た。二度目だ。言うまでもなく、50年前の黒沢作品のリメイクだ。

織田裕二が三船敏郎の向こうを張ろうってえのが所詮無茶な話だ。リメイク作品が発表された当時、よくも織田が引き受けたものだとあきれたが、もう一度見て改めてその勇気に感心した。

最後まで見るには見たが、見るほどにいよいよオリジナルが恋しくなって、直ぐにアマゾンでDVDを注文してしまった。

今晩帰宅するともう届いていて、明日の出張準備も済まないのに、待てずに見てしまった。改めてオリジナルを見ると、織田のみならず、森田の無謀こそ思わずにいられなかった。

同じ脚本を使っているので、当然台詞はほぼすべて同じだが、だからこそ、演出の差は歴然として現れる。

今どきの俳優たちの演技力と生活感の希薄さについては、この際言わないことにしよう。台詞回しの間といい、役者の表情、立ち居振る舞いといい、カメラアングルといい、黒澤のセンスはやはり秀逸だということが、こうやって比べてしまうといやおうなく見せ付けられる。カメラアングルなど、なるほどこう撮るかと、うならされる場面がいくつもあった。ともかくすごい。

森田もなかなか好きな監督だ。織田も好きだ。しかし・・・。

三船演ずる浪人の格好良さは、天下一品。ショーンコネリーのジェームスボンド以上だ。我輩には、ショーンコネリーの四十代以降の演技が、三船を意識していたようにしか見えない。

そう言えば、「風とライオン」でショーンコネリーが馬で逃げる敵に追い迫って、走る馬上から敵を一刀両断するシーンを見て鳥肌が立ったが、何年も後になって、それが「隠し砦の三悪人」で三船が見せるシーンの公然のパクリだということを知った。しかも、三船はそれを吹き替えなしで演じ切っていた。

まだまだ語りたいことがあふれ出してくるが、切りがないので、あと一つだけにしてやめておく。

オリジナル椿の最後の名物シーン。三船が仲代を一瞬の居合いで倒すが、何度リピートしてみても、三船がどうやって刀を抜いたのかわからない。おそらく鞘に仕掛けがあったのだろうと推理するが、それにしても三船のあの身のこなしを真似できる俳優は、後にも先にもいるはずがない。

黒澤と三船のコンビには、誰もかないっこない。ハリウッドの監督たちがあれほどまで黒澤に憬れたこと、うべなるかな。

2013年2月8日金曜日

収斂進化、人の家畜化、幼形成熟

先日図書館で借りた『犬のココロをよむ』が面白い。



犬のココロを読もうと借りたのだが、犬が人のココロを読めるらしいという話。「目は心の窓」と言うが、犬は人の視線の先を理解し、視線のやり取りで人とコミュニケーションしているということも科学的に証明されてきた。

それは、チンパンジーなど類人猿にも出来ない芸当だという事が最近の研究で分かっている。

何と、犬は、人からあくびがうつる唯一の動物なのだそうだ。すごい!

白目が見えるということがここで重要な役割を持つ。哺乳類で白目がはっきり見えるのは、人と犬のほか、そんなに居ないのだそうだ。

結局、人と犬は長年の共生の歴史を通して、同じ環境に、イッショに適応し、進化してきたという仮説さえ現れた。これを収斂進化と言う。

犬がオオカミから進化したことは遺伝子学的に証明済みなのだが、犬はオオカミとは決定的に違う特性をもつ。それがネオテニー、すなわち幼形成熟。

その結果、オオカミと違って、大人になってからもよく遊ぶ。大人のオオカミはボール遊びに夢中になったりしない。また、犬が知らないものや人に対して、いつまでも興味を持つのもこの幼形成熟の結果だと考えられる。

それは、もちろん人の特性でもある。我輩などは、その傾向が特に強そうだ。

人はネオテニーを強くもっているために、情動行動が穏やかになり、協調的な性質をつよめて、自ら家畜化した唯一の動物であるという考え方まで有るという。

さらには、ネアンデルタール人が滅んだ理由や、犬との共生で現代人が獲得した能力とか、笑の意味とか、いろいろ面白い話が続く。

是非ご一読を。

やっぱり、犬は特別な動物だったのだ。そうだと思ってたんだよね。

2012年3月23日金曜日

いいね、京極の小説世界

近頃の娯楽小説は面白くないからあまり読まない。筋が面白くないのではない。文章が面白くないのだ。味気ない。薄っぺらい。商品パンフレットを読むのと大して変わらないものが多い。

最近、京極夏彦を知った。名前は以前からよく聞いていたが、読んでいなかった。人気作家だと知っていたから、どうせつまらぬ文章だろうと思っていた。

2012年2月12日日曜日

犬とでも暮らそう(2)

そう言えば、大昔、まだ私が東京銀行に勤めていたころ、同じ部の同僚(先輩)にサイードというイラン人がいた。流暢な日本語を話したので、電話の相手は彼の名前を聞いて「斉藤さんですか」などと間違えたものだ。

彼は、パーレビ時代のイランの中央銀行の副総裁の息子で、一家は、1979年のイラン革命で出国を余儀なくされた。彼には5人だかの兄弟がいて、それぞれ、アメリカ、イギリス、フランス、日本など世界の異なる地域の主要国に留学し、それぞれの国に就職もしていた。つまり、計画的に兄弟を各国に送り込んで政治的、人的ネットワークを作らせ、一家存続のために一族ポートフォーリオの分散戦略を進めていたのだ。

2012年2月11日土曜日

犬とでも暮らそう

EUの危機は、その原理的な矛盾に起因している。早晩破綻するだろう。

金融デリバティブの規制は、終わりのないいたちごっこだ。グローバルな金融制度の協調は、各国の政治的、経済的、制度的、文化的違いと各国利害の衝突を克服して実現するとは思えない。その努力は、今現に行われているが、それは途方もなく複雑な作業だ。

2012年1月22日日曜日

ザ・ノンフィクション 老人と放射能

先週の続きを見た。何回も泣いた。何度か号泣しそうになった。なんという悲惨な運命か。なんという過酷な仕打ちか。

十数年も一人で自然の中で自給して生きてきた優しい老人が、なぜ放射能に追われてかけがえのない生活と住処を捨てなければならないのか。悲しみと憤りに震えた。